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札幌地方裁判所 昭和55年(わ)491号 判決 1980年10月31日

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五三年六月二九日千葉地方裁判所において、道路交通法違反(酒酔い運転)、業務上過失傷害(人身交通事故)の各罪により、懲役八月に処せられ、四年間その刑の執行を猶予され、昭和五四年九月一日から、大阪市に本社を有するA株式会社札幌営業所に営業係として勤務していたものであるところ、右執行猶予期間内である昭和五四年一〇月九日早朝自己が酒に酔って運転していた自動車を道路の側溝に脱輪転落させたため、これを放置して、当時右営業所の独身寮となっていた札幌市白石区○○○×丁目○××番×号Bビル(鉄筋コンクリート六階建、延べ面積五〇二三・七五五平方メートル)三階三一一号の自室に戻ったものの、同日午後二時ころに至り、自己が右のとおり、刑の執行猶予中の身であることから、放置してきた右自動車が端緒となって自己の右酒酔い運転の犯行が発覚すれば、これについて裁判を受け、更に右執行猶予も取消されて受刑しなければならなくなり、また、右会社から解雇もされると思い悩み、その前途を悲観し、瓦斯を吸入して自殺しようと決意し、同日午後三時三〇分ころから同日午後五時ころまでの間、右自室台所に設置してあったプロパン瓦斯の栓を開いてプロパン瓦斯を漏出させて同室内に充満させ、布団に横臥していたが、同日午後五時ころ、当時の同僚であったS(当時二六年)ほか一名の来訪により、同室内において被告人が自己の衣服を着用した際、同着衣の摩擦、剥離などによって発生した静電気の火花により右プロパン瓦斯に引火爆発させ、よってその場にいた右Sに対し、加療約六か月間を要する前頭部、顔面、頸部、両側前腕及び手部火傷などの傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件爆発原因が被告人の着衣の摩擦により発生した静電気の火花であるという点の証明は不十分であり、仮に、本件爆発が右着衣の静電気によるものであるとしても、被告人の瓦斯漏出行為と本件爆発、致傷との間に自然的因果関係があるといえるにとどまり、傷害の結果の刑事責任を被告人に問うに必要な相当因果関係はなく、被告人は瓦斯漏出罪の限度で刑事責任を負うものであるが、致傷の点については無罪である旨主張する。

よって判断するに、およそ瓦斯等漏出致死傷罪(刑法一一八条二項)は、瓦斯等を漏出等させ、これの爆発等により直接人の生命、身体等に害を及ぼす危険な状態を生ぜしめ、よって人を死傷に至らしめることによって成立するものであるが、本件は被告人が、鉄筋コンクリート六階建のビル(一階は機械室、管理人室など、二階は店舗、三階以上は住宅としてそれぞれ使用)の三階の一室(同室の容積は約一一七・九九立方メートル)において、同室のドア、窓などを密閉した状態で約一時間半にわたりプロパン瓦斯を漏出させた(一時間当りの瓦斯漏出量は約五・四二五立方メートル)ものであるが、プロパン瓦斯の引火性は極めて高く、その爆発(燃焼)濃度は空気との混合率が二・一パーセントから九・五パーセントの範囲内にあるから、右の条件の下でプロパン瓦斯を漏出した場合、漏出したプロパン瓦斯の空気混合率が容易に爆発濃度に達し、これが何らかの原因(被告人の行動に起因するものに限らず種々の外部的原因も考えられる)により引火爆発する高度の蓋然性を有し、このことは容易に予見することが可能であったものと認められる。しかも本件ビル内には多数の者が居住しており、また被告人が居住していた三一一号室には同僚二名も居住(本件犯行当時は在室していない)していたのであり、同室を訪れる者がいることも十分考えられるから、右漏出量のプロパン瓦斯の爆発により人が負傷する高度の蓋然性も存しこのことも十分に予見することが可能であったものと認められる。そして、関係証拠によれば、被告人が漏出させたプロパン瓦斯の爆発によってSが負傷したことは明らかである。以上の諸事実が認められる以上、被告人のプロパン瓦斯漏出行為とSの負傷との間に刑法上相当な因果関係が存在したことは明らかと言うべきである。従って、弁護人の主張は採用できない。

なお、本件爆発の数分前に同室内の螢光灯が点灯されており、同室内にはその他火気は全く存せず、被告人が同室内洋間において衣服を着用した際に爆発が起ったこと、爆発地点は右洋間と認められること、被告人の着用した衣服の摩擦、剥離により発生した静電気の火花によりプロパン瓦斯が引火爆発しうること等の事実を総合すれば、本件プロパン瓦斯の爆発が判示のとおり被告人が衣服を着用した際の着衣の摩擦、剥離などにより発生した静電気の火花に起因することが認められるものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一一八条二項に該当するので、同法一〇条により同法一一八条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号所定の刑と刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号所定の刑とを比較し、重い傷害罪所定の刑に従って処断することとし、その所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、なお被告人は判示のとおり刑の執行猶予中のもので、本件の罪はその猶予の期間内に犯したものであるが、情状特に憫諒すべきものがあるから、刑法二五条二項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、同法二五条の二第一項後段により右猶予の期間中被告人を保護観察に付し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、瓦斯自殺を企てた被告人が、多数人が居住するビル内の自室において、引火性の強いプロパン瓦斯を漏出し、その爆発により、その場に居合わせた者に対し加療約六か月間を要する重傷を負わせたというもので、右犯行態様に照らすとその危険性は甚大であり、同ビルの居住者らに与えた恐怖感は非常に大であったと認められる。また、被告人が自殺を企てた動機は、当時車両の酒酔い運転中に人身事故を起こしたことにより執行猶予中であったにもかかわらず、再び酒に酔って自動車を運転したことが原因となっているものであって、自ら招いた結果にすぎず、格別酌むべき点はない。以上の諸事情に鑑みると他人に与える危険性につき全く顧慮することなく、自己中心的に犯行に及んだ被告人の刑事責任は誠に重いと言わざるをえない。

しかしながら、本件負傷者との間で示談が成立し、同人は被告人の寛大処分を望んでいること、本件ビル所有者の損害については、右所有者の加入していた保険により填補されているほか、右所有者に対し被告人が当時勤務していた会社から和解金の支払いも行われていること、同会社と被告人との間においては、本件に関し同会社が出捐した額を被告人が支払って示談が成立していること、被告人の本件後の反省の情は顕著であり、今後は、父親の監督の下、真面目に稼働し更生する旨誓っていること、その他被告人の年齢など諸般の事情を考慮し、主文掲記の刑を量定のうえ、再度自力による更生の機会を与えることとし、その刑の執行は猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥田保 裁判官 仲宗根一郎 橋本昌純)

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